SSブログ

古川利意氏 祝賀会

2014年 3月16日([曇り][雨]敬称は無いのですね

瑞寶雙光章受章祝賀会

と き:平成26年3月16日(日)午前11時

ところ:パストラルホール BANGEおめでとうございます

 私が会津坂下町立第一中学校に入学した時、身長が142㎝だった私は、少し緊張していました。

町中の中心校である坂下小学校出身の人たちは、背も高くオトナっぽく見えたものでした。

担任の古川先生ってどんな先生だろう・・・・。会津坂下町長 あいさつ

着物姿の母親たちが教室の後ろに並んでいるところに担任の先生登場[exclamation×2]

自己紹介の後、古川先生曰く、

「みんな、先生たちに“あだな”をつけ中村五郎氏あいさつるよな。オレのところは“クマ”にしてくれないか。」と、教室内の緊張は一気にとかれたのでした。

「中学校では、英語の授業も始まる。『木は、英語で何という?』・・・・ツリーだな。身の回りにあるものから覚えてみたらどうだ?」

中学時代の1年・3年の2年間、古川先生が担任でした。

考古学はもちろん、鏡に映る世界のこと、相対性理論のこと、次元に関すること、etc.

こちらが興味のあること何を質問しても丁寧に答えて下さり、その博学には、子どもながらにも驚きました。鏡開き

英語クラブに入ったものの、2週間で辞めて古川先生の「郷土研究クラブ」に入ったのでした。

それからは、毎週のように日曜日になると先生の後を追いかけて、発掘の手伝いをしたのでした。

その時の考古学ボーイ3人は、後に「こぐま隊」と呼ばれました。

冬になると毎週三島町の宮下まで汽車で行ってスキー部の練習。

「英語と音楽以外、何でも質問しなさい。」という先生の言葉にも驚きました。

社会人になり、学校に勤めるようになった時には、「教える立場のものは、授業時間の10倍は準備していかないと教壇には立てない。」「幼稚園児や高校生に教えるのも、本質は同じ。」「“変わり者”にならねばならないぞ、“変わり者”は勉強しなけりゃならない。勉強しない“変わり者”はタダの〇〇者という。」

中学時代に、古川先生と出会っていなかったら、担任の先生でなかったら、どんな人生だったであろうかと思います。

来月にでも、坂本分校前の「めぇ山」山頂にある雷神様を案内しますので、よろしくお願いします。

今日は、楽しく有意義な祝賀会でした。

先生、いつまでもお元気でいて下さい。


nice!(0)  コメント(0) 

nice! 0

コメント 0

コメントを書く

お名前:
URL:
コメント:
画像認証:
下の画像に表示されている文字を入力してください。

Facebook コメント